焼け残りダルマの眼にらむどんど焼き
どんど焼きが近くの野原で11日に行われた。
地元の自治会主催で10年ほど前から行われ、昨今は人出もなかなかなイベントに成長した。私は今年度、町内会の役員が回ってきたので、会場整理係で半日おつきあいとなった。
予め地域から集めた飾り物が山と積まれている。子どもは飛び回り、急いで達磨をもってきて投げ上げる人、足の悪いおばあさんは近くまで来れずに人に頼んでいるとか、なかなかにぎやかなのである。
町内の偉い方々がご挨拶の後、なにやら山伏のような衣装の道士がほら貝を吹き鳴らし、呪文を唱え始めた。聞くと、近くの麻機不動山智徳院の方々らしい。真言宗醍醐派の、いわゆる山伏(修験道)のお寺で、私も祭りのときに境内で火渡りをさせてもらったことがある。
どんど焼きは一種の火祭りなのだろうから、密教の護摩を焚くことに通ずるものがあるのかもしれない。
「火祭りの目的は、神迎え・神送り、先祖の送迎、豊作祈願、清め祓い、再生力の付与、験力の誇示など、様々な要素が重なり合っています。また火祭りには、・・・修験と密接な関係を持つものが多いのです。これは修験者が柴燈護摩や火渡りなど、火を自在にあやつる呪者としての一面をもつためでした。」という。*1
どんど焼きもこの例外ではないのだろう。 火は人を興奮させ、ある種の非日常にいざなう。そうした精神状態の中で、神や超自然の威力といっとき交流し願いを受け入れてもらえたのだろう。
郷里の奥信濃では、1月15日は野沢温泉の道祖神火祭りが行われる。これは日本三大火祭りの一つといわれもする大掛かりなもので、雪の中で激しい火のつけあい合戦を繰り広げる。私はこの近くの出だが、そこにも小規模ながらやはり火祭りがあり、確かドウロクジンと言っていた記憶がある。
野沢温泉は私の隣村だが、実は故郷を離れて長いので詳しくは知らない。昔は今ほど有名ではなかった。
(長野県立歴史館で撮影)
この地方には石ではなく木、丸太を削って道祖神人形をつくる風習がある。大きなものは1mを超える高さがある。孫引きで気が引けるが、説明はこんな風だ。
野沢温泉の木像道祖神は、カワグルミ・シナノキ・シラカバなどの木を切り、上部の皮を削り、墨で顔を描く。着物は内山紙を切って、梅紋・巴紋を入れ、紙の帯で結んで男女一対を作り神棚に祀る。
一月十四日の夜から十五日の昼には「道祖神の年取り」と言って、この神像に灯明と神酒を供え、御馳走を供える。十五日には「お前の家を見せるぞ」と言って、道祖神場へ神像を持って行き、社殿に参拝する。
道祖神場には平桶が置かれており、前年のものはそこに納めるか、前の人が置いて行ったよいものがあると、持ってきたものと交換してきた。これはよい縁が結ばれるとの意味からで、持ち帰った神像は再び翌年まで神棚に祀られる。
静岡のこの地では、お餅ではなくてお飾りのダイダイを焼く。黒焦げのダイダイを串刺しにして玄関に置くと災いを追い払えるのだという。
*1 笹本正治「火祭りから何を読み取るか」『火祭り 奥信濃飯山発』ほおずき書籍