北斎の川柳 

其の腰で夜も竿さす筏乗り    卍(北斎

 

断捨離をしていたら、読まずに積んであった「北斎川柳」という冊子が出てきた。日永の一日、改めてこの冊子をひらいてみた。

あまり知られていないと思うが、葛飾北斎は川柳をよくしている。

 

変わったことに、この本は 信州渋温泉旅館組合が発行元だ。著者は 宿六心配(渋温泉の臨仙閣ホテルの主人 西山晋平氏)。昭和57年と昔の発行なので現在はどうなのか知らないが、臨仙閣は金具屋の別館で国の文化財登録されているようだ。

北斎は晩年に近くの小布施に滞在して天井絵などを残しているので、そうした地縁で温泉街に北斎の句碑をたくさん建立した旨、説明書きがある。ネットで調べると現在も句碑187基を訪ねて歩けるようだ。

 

川柳句集「俳風柳多留」といえば教科書的に知っている人も多いと思うが、1765年から1840年にかけて167編が刊行されていて、北斎は第85編の撰者となりその序も書いているほどの技量だった。この本には北斎が「卍」の号で書いていたもの187首を載せている。これを句碑にしたのだろう。

さてその川柳をみてみると、吉原を題材にしたものや色ごと下ネタ、糞・尿が多い。春画にも天才を披露し北斎漫画にも庶民の姿を生き生きと捉えた北斎なので、その方面への関心、観察は歳を重ねても旺盛なものがあったのだろうと思われる。

あまり露骨なものは避けて二三書き出すとする。

山伏の野糞梵字のようにたれ

尻でひり口でまねする鸚鵡の屁

びんずるのきん玉らしい木魚なり

 

大人しいのでいくと

田ごと田ごと月に蓋する薄氷

誰が為に樒の春の緑する

 

もっと面白いのがあるが、ここまでとしておこう。

画家で俳句、は蕪村など著名人が居そうだが、画家で川柳というのはあまり思い出せない。このあたり、俳句と川柳の質の違いがあるのかもしれない。

 

(本の表紙)