ルノワールの「洗濯女」と妖怪

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ルノワールの「小さい洗濯女」 シュテーデル美術館

JR静岡南口に、ルノワールの彫刻が2体あることは、以前ブログに書いたことがあるが、その一体は「洗濯女」で、屈んで片膝をたて洗濯物を手にした裸婦像である。

昨年秋、フランクフルトのシュテーデル美術館で、やはりルノワールの「小さい洗濯女」の像を目にした。こちらは3、40cmほどの小柄なもので、ルノワールはリウマチのため若い作家に実制作を頼んだと聞いていたが、この程度の大きさなら本人の手になるものかもしれない、と思った。
 
それにしても、なぜ洗濯する姿にこだわったのだろうと疑問に思っていたのだが、詳しくは知らないが、どうやらルノワールは奥さんの実家のあるシャンパーニュ地方の田舎に住み、パリにはない農民女性の健康的な美しさに惹かれていたようだ。そして結局その地で生涯を終えている。川辺で洗濯する女性たちの明るい色調の絵も残している。
 
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(当たり前だが、電気洗濯機などない時代、20世紀前半まで、西洋でも女はみんな水辺でこうして洗濯をしたのだな、という郷愁に似た思いがわいてくる。日本だって村の小川にはあちこちに洗濯場所があったものだ。それだけ川はきれいに保たれ生活に密着していた。高度経済成長期以前の田舎の小川を思い出される。)
 
しかし、「洗濯する女」というのは、フランスの妖怪だということを最近知った。
 
ジョルジュ・サンドは、ショパンとも別れた50代の半ば、フランス中部地方の農村に住み田舎の伝説を集めて「フランス田園伝説集」(1858)を著している。岩波文庫の表書きには、「フランスの遠野物語というべき貴重な作品」と紹介されている。
ここに「夜の洗濯女」が出てくる。
どの地方でも語られている」と書かれているので、フランスではポピュラーな妖怪だったのかもしれない。
 
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 「夜の洗濯女」の挿絵から一部分
 これは彼女の息子モーリスが描いたもの

よどんだ沼とか澄んだ泉のまわりや木陰の池のほとり、古い柳の木の下で、夜中に激しく叩く洗い棒、荒々しいすすぎ洗いの音が聞こえる。
 
洗濯女は嬰児殺しの母親の亡霊である。
彼女たちが、いつまでも叩いたり絞ったりしているものは濡れた洗濯物のように見えても、近くで見ると子供の死体なのだ。それぞれ自分の子供を洗う。何度も罪を重ねたときは複数の子供を洗う。彼女たちを見つめたり、邪魔をしたりするのは禁物である。たとい筋骨隆々たる六尺豊かな大男でも、彼女たちにつかまったが最後、まるで靴下のように水の中で叩いたりしぼったりされてしまうからだ。  *1
 
しかしサンドは、実はこの恐ろしい音の正体はある種の蛙なのだ、と明かしている。が、そのあと続けて、実際に二度洗濯女に遭ったという人の話を真面目に綴っている。
 
やりきれない不吉な話だ。
日本でも、間引きされた子は水子といわれる。幼い命は水辺に埋められることが多かった、それは遺体が溶けやすいからだ、という話を聞いたことがある
 
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つげ義春 『山椒魚』から (・・・あまり関係ないが))

ルノワールに、敢えてデーモニッシュな連想をすることは適当とは思わないが、田舎の美しい水辺はまた、暗いタブーを秘めていたことを、ルノワールは当然知っていただろう。水辺には様々な妖精・妖怪が棲む。女はある時それらに変化するかもしれない。それを承知で、彼の感性は、今生きている洗濯女を美しいと捕らえたのだろう。
・・・私はルノワールの作品の女が持つ洗濯物が、どういう形をしているかネットで調べたが、当然ながら布にしか見えなかった。
 
日本には妊娠中に死亡した女の霊だという、産女(うぶめ)という妖怪がいる。血のついた腰巻をして嬰児を抱いている姿で表されている。静岡市にはその地名も「産女」という場所が安倍川の右岸にある。ここに祀られている「産女観音」は、いまは妊娠安産のご利益があるといわれている。
フランスの洗濯女も産女も、至高の神がいるなら早々に呪いを解いてやってほしいものだ。

*1 ジョルジュ・サンド「夜の洗濯女」 『フランス田園伝説集』 岩波文庫