ホトトギスを子規は知らない?

ほととぎす鳴くや漁港は昼休み

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静岡市用宗漁港にて)

3日ほど前に、ホトトギスの鳴き声を聞いた。今年は早いような気がする。
ホトトギスの句といえば、杉田久女に清潔かつ雄渾な句がある。

谺して山ほととぎすほしいまま

こういう句のまえでは、なまじいなものは普通恥ずかしくてだせないものだが、気にしないでおこう。

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(「bird song」 :主婦の友社 水谷高英氏のイラストをお借りしました)
 

ところで、正岡子規の子規は言うまでもなく鳥のホトトギスをさす。夏を代表する鳥として時鳥、不如帰など様々に表記されるが、けたたましく鳴き喉が赤いことから「鳴いて血を吐く」というイメージが広がった。
俳号「子規」も結核で血を吐いたことに由来する。


だが意外なことに、子規はホトトギスの音をあまり聴いていないようだ。
明治29年著の「松羅玉液」の8月1日の条をひらくと、故郷松山で聴いたことはない、東京へ来ても、根岸に来ても「なおホトトギスを知らず」。ところが29年には盛んに鳴き声が聞こえるが、子規はこれがホトトギスなのか確信が持てない。

 それでなくとそれにして置け時鳥
などと口ずさんで笑っている。さらに、夜中に皆で句吟していると何度も鳴いたので、初めて聞く人も多くおおさわぎになり、一座は時鳥の句をたくさん作ったと書かれている。その後も、数句作っているだけで、子規はそれほどこの鳥に思い入れはないようにみえる。

重ねて意外なことに、山本健吉氏の「ことばの歳時記」をみていたら、山本氏も「はっきりこれだと合点して聞きとめたことがない」と書いている。
これは田舎に住む私としては、全く意外なことだった。私の周りでは、毎日夜となく昼となく鳴いているからである。キョッキョッキョッキョキョと甲高くないて、それを東京特許許可局と聞きなすのは誰もが知るところだ。

俳句をする人は季節や自然現象に敏感だといわれる。けれど、多くのホホトギスの句が観念上のもので、いわば固定化したイメージのうえでよまれ、受け止められていたということである。かの子規の「写生」でさえもこうした深い沼のうえに咲いている。当然とはいえ、危険と背中合わせなのである。