
(この机でゲーテは立ったまま詩などを書いたという。ゲーテハウス(フランクフルト))
友人Fからのメールで、今期の芥川賞は鈴木結生さんの『ゲーテはすべてを言った』だと知った。友人が「西洋の教養、哲学、文学史的知識がいたるところに振りまかれ、勉強、再勉強にもなりましたわ。」と伝えてきたところをみると、なかなかおもしろかったようだ。
ネットでこの本の情報を見ると、
「高名なゲーテ学者は一家団欒のディナーで、彼の知らないゲーテの名言と出会う。ティー・バッグのタグに書かれたその言葉を求めて、膨大な原典を読み漁り、長年の研究生活の記憶を辿るが・・・」という、出典を求める粗筋らしい。
私は小説にはあまり関心がなく、芥川賞もどうでもいいことなのだが、友人のメールで少し食指は動く、が、果たして手に取るまでに至るかどうか。
だが、ゲーテの名言ときいて、私に閃いた記憶があった。
芥川賞のネタと並べるのも恥ずかしいのだが、それは「貸し借りは友を失う」という言葉で、実はもう50年以上も前に、仙台市内の安い食堂、というか「めし屋」で目にしたものだ。
店は「はんだや」といい下街っぽい風情ながら、街の中心近くの通りにあったが、それがどこだったかは今はもうはっきりしない。セルフサービス形式の店で、一品がせいぜい100円程度のお惣菜が戸棚の中に並べられている。安いものは30円くらいだったろうか。煮物や焼き魚、納豆や豆腐などメニューも味も家庭料理に近いものだった。そしてご飯は盛り方で3段階ほどあり、大盛りは量が多すぎて「食べきれません」といった風な説明が添えてあった。
貧乏学生たちは、よくここに寄った。私もしばしば暖簾をくぐり、ご飯にカレーをかけて100円か200円程度で空腹を凌いでいた。友人Kは納豆に醤油をかけてかき回し、ねばねばが醬油を吸収するとまた醬油をかけ、限界まで醬油を吸わせてからめしにかけて食った。そんなつまらぬ場面を思い出す。
かの名言は、めし屋の壁に貼りつけられていた紙で、そこに「貸し借りは友失う ゲーテ」と書かれていた。もうだいぶ黄ばんでいた。まさか本当にはゲーテの言葉ではあるまいと、はなから私は思っていた。ゲーテを出汁にした「上手な警句だ」と。今もそう思っている。そんな真贋を究明もしなかったし、今も確かめようとは思っていない。
ところがそれから何十年もたって、思いもかけないところで、この「はんだや」に出会った。広島である。広島の中心街を歩いていた時、不意に店の名前が目に入ったのだ。まさかと半信半疑で店に入ると、それはまぎれもなく「はんだや」だった。セルフの形態といい、庶民向きの総菜といい値段と言い、店こそきれいな設えだったが、「あのはんだやに違いない」と私は確信した。しかし何故広島に?と思いながら食事を終えて、出がけに「このお店は古くからここにあるんですか?」と女性店員に声をかけた。店員さんは「はっきりとは知りませんが、経営者は東北の方から出てこられたようですよ」と自信なさげに返事を返す。間違いなかった。その途端、「貸し借りは友を失う ゲーテ」がまた何十年かぶりに私の記憶に蘇ってきた。
今回の芥川賞をきっかけに、そんなつまらないことを、またまた思いだした。
(注:はんだや、はどう表記されていたか記憶がない)
・・・・・・・・・・・・・・・追記 2025.08.31
2024年のクイーンズ駅伝は見ごたえがあったので、先日たまたまyoutubeで見返していた。コースは松島から塩釜、そして仙台市が舞台である。
3区に入って3キロ地点でJP郵政の廣中が、前を行くセキスイの佐藤に追いつきデッドヒートが展開されたのだが、まさにその3キロ地点の映像で私の目がストップした。ランナーの背景に、「半田屋」という看板が一瞬見えたのだ。あれ!!と思ってグーグルマップのストリートビューで調べてみると、・・・大衆食堂「半田屋」多賀城店を見出した。ああそうなんだ、と何かほっとした。
それだけのことなのだが、ここに追記しておく。
半田屋は漢字で、看板では田の字が小さめに書かれていた。