2017-01-01から1年間の記事一覧
一年の計忘れてはやも歳の暮 (今年の暦はもう薄っぺら ここから「暦果つ」とか「古暦」という季語がある) 早くも年の暮。 確か一年前に、今年やるべき目標を決意した記憶があるのだが、いつの間にかとんと忘れてしまっていた。それが何だったかさえも、お…
スペインのカタルーニャ州の独立騒動は、EUへの影響も懸念され大きな波紋が広がった。住民投票、独立宣言、州政府に対する国の締め付け、そして新たな選挙でも独立派が過半を占め、事態は混迷の様相だ。 最近、ソプラノ歌手のデ・ロス・アンヘレスのCD「Cata…
誰乗るやら地下鉄蓮根線を掘り出さむ 正月を前に、レンコン掘りがあちこちで見られる。この近くのレンコンは味がよいので大変な人気があり店頭に並んでもすぐに売れきれる。 それにしても、通りがかりに見るだけだが、あまり作業が進んでいるようには思えな…
山茶花や赤くこぼれて白もまた (赤い山茶花) 山茶花が盛りを超えて、季節は次第にツバキに移っていく。山茶花は冬の季語で、ツバキは春の季語となっている。まだまだこれから冬本番だけれど。 句の解説をするのは恥ずかしいが、碧梧桐の有名な句 赤い椿白…
なにごとか遺体哀れや波の花 ( 江戸時代の千石船 「白山丸」 全長23m : 佐渡の小木) 北朝鮮からの小さな船が、日本海で漁をし難破して日本に漂着している。 ニュースによれば、北朝鮮の木造船は毎年40~80件程度日本の海岸で発見されているが、今年は11…
武士(もののふ)の白を召したる障子かな (さて、今日はなんとかこの4枚を 残りあと丸1日は掛かりそう) 正月を前に、障子の貼り替えを始めた。 せまい庭に障子戸を並べて紙をはぎ桟を洗い、乾いたところで取り込んで紙を貼る。 毎年やる気でいるのだが、…
乙女らの眉寄せ行くやヒサカキの花 近くの学校のわきを通ると、何か臭い。 かすかに下水のような、質の悪い蠟のような(そんなものは知らないのだが)、要するに余りいい臭いではない。 もしかしたらヒサカキかな、と思ってのぞくと、案の定植え込みはヒサカ…
ベランダに肩身も狭し吊るし柿 今年も干し柿を吊るした。 特に干し柿が大好物ということではないのだが、いかにもこの時季に青い空と柿の色が似合わしいので、この色を楽しむために作っているようなものだ。 季節の風物詩ということで、七夕やクリスマスと同…
蓮の骨踊る踊るよアンドゥトロワ 蓮が枯れて、近辺の湿地ではレンコン掘りが始まっている。このあたりのレンコンは評判がよく店頭でもすぐに売れ切れてしまうらしい。出荷は正月前が最盛期となる。 俳句の世界では、花も最盛期のみを美としないようだ。 蓮で…
美術展四の五の言わずに美女愛でる ( ボッティチェリ 「シモネッタの肖像」) (バロトロメオ・ヴェネト 「フローラ」) ( フィリップ・ヴェイト 「バロネス・ヴォン・ベルヌスの肖像」) ( フィリップ・フォン・ウーデ 「婦人の肖像」部分) ( エルンス…
今回の南ドイツツアーでは、クラナッハの絵を何点か見ることができた。 (駆け足で、写真を撮ってきただけのことだが・・・。) クラナッハの裸婦は、私に白いクリスマス・ローズを連想させる。 少し妖しい小悪魔的な色っぽさを漂わせているのだ。 これはフ…
バッハの伝記はたくさん書かれているが、多くはその死をもって閉じられ、死後の家庭について書かれているものは少ない。礒山雅氏が「J・S バッハ」の中でそれについてわずかに触れているのが、私の眼についたぐらいである。 意外にも、バッハの名声にもかか…
訪ね来てチューリンゲンの黄葉かな (ヴァルトブルグ城の黄葉) 今回のツアーでは、ベルリンを発ちドレスデンを経由してフランクフルトまで、700余kmを4日かけてバスで走った。初めての風景なので、見るものすべてが驚きである。 ベルリンはまだ黄葉には少し…
アイゼナハは人口約4万人、チューリンゲンの森に囲まれた小さい静かな町だ。 旧東ドイツだが西ドイツ境界に近く、ガイドの話では多くの住民が西ドイツに逃亡したとのこと。町を歩くと廃墟然とした家が残されていて、それは西ドイツに逃れた人々の家で、住ん…
バッハはドレスデンに住んだことはなかったが、ゆかりの深い街である。 ドレスデンは南ドイツの雄、ザクセンの州都で、バッハの時代すでにエルベ川のフィレンツェと呼ばれたほど、美しくまた流行の先端をいく文化都市だったようだ。 (再現された古都 右奥が…
(ヴァイマルの中央広場) ワイマールといえば、ワイマール憲法とワイマール共和国。教科書的にいえば第1次大戦に敗北したドイツが1919年につくった政治体制だったが、多額の賠償金、不況、そしてヒトラーの出現により1933年には事実上崩壊している。 今はチ…
ポツダムのサン・スーシ宮殿。 ここはプロイセンのフリードリッヒ大王の館であり、この大王は大の音楽好きで自身もフルートが大変上手く、毎晩というほどここで演奏会が開かれていたという。 ヨハン・セバスチャン・バッハがここを訪れた逸話はよく知られて…
聖トマス教会訪ね入りたればオルガン響く滝つぼのごとく (こちらは教会の祭壇の裏側にあたる、正面は反対の西門) いつかは訪れたいと思っていたバッハゆかりの地を、ツアー旅行で足早に一回りしてきた。ベルリン、ドレスデン、ライプチヒ、ワイマール、ア…
前世も花野のここに居たような 秋の野に蔓延る(はびこる)草たち3種をフォーカス。 ナヨクサフジ(マメ科) 色がきれいで目をひくが、最近増えてきた気がする。一応ナヨクサフジとしておくが、ツルフジバカマ、クサフジというよく似たものがあるので、正確…
喩えれば樫の木刀子規偲ぶ (根岸の子規庵) 9月19日は子規の命日である。 俳句の世界では、例えば西鶴忌、去来忌、蛇笏忌といった具合に著名人(俳人が多い)の命日を季語としていて、俳句歳時記をみるとその数が呆れるほど多い。 しかし、子規のばあいは命…
苦瓜の飼い馴らされし苦味かな 軒下にグリーンカーテン用にとミニトマト、キュウリ、ニガウリ、ツルムラサキなどを適当に植えて、これまた適当に収穫?して楽しんでいるが、出来はといえば、もとより原価割れである。そんな中、今年は苦瓜(ゴーヤー、茘枝)…
葛の雨花もケモノも葉の陰に いま、河原は堤防から川岸まで一面のクズの葉の海。こういう原っぱを「真葛原」という。 クズの原に足を踏み入れると、甘い香りが漂ってくる。粗野なツルと葉からは思いもつかない上品な香りである。花はどこかと、あたりを見回…
ひとり来てひとり暮れゆく花野かな 静岡は、つい先だってまでの蒸し暑さが嘘のように、爽やかな涼しい空気に覆われてきた。 野原には多くの可憐な花たちが咲き始め、虫の声が途絶えることなく聞こえている。 野原を席巻しているのは、つる性の草たちだ。夏か…
アリ地獄翅(はね)得てどこかへ翔び去りぬ ガレージ(実際は物置)の壁についていたのは、多分ウスバカゲロウだと思う。足下には毎年いくつかアリジゴクの穴ができる。あてもなく翔び立っていって、うまく交尾の相手を探して子孫を残せるのだろうか。 まあ…
十字架に何を祈るや汗のまま (小布施町の新生礼拝堂 : 教会ホームページからお借りしました) 個人の日記なんて、他人には不要だし、あっても困るものだが、亡くなった母の日記が、どうしたわけか故郷を離れて暮らしている私の手元にある。極力減らしたの…
一寸の虫にも五寸の食い気あり トマトは独特の野性的臭みがあり、南米からヨーロッパに持ち込まれた当時は、毒だとされて食用ではなく観賞用だったという。今から思えば信じられないことだが、たしかに「トマチン」という毒素があることはあるらしい。 品種…
秋の陽のまだ教会の塔にあり 長野県の北はずれに近く、飯山という町がある。 冬は積雪に悩まされ、大きな産業もなく人口減少の激しい町である。だが千曲川と周辺の山々はのどかで、四季の彩りは鮮やかそのもの。都会から来た人は目を見張るだろう。ここが私…
おはぐろのやんごとなきを愛おしみ 糸トンボの一種、黒いのでオハグロトンボともいう。 毎年この季節に裏庭に数匹舞う。穏やかにひらひらと舞い、すぐに止まって黒い羽をゆっくりとじ、開きしている。ちょっと上品な感じがする。 空蝉や飛び立つ自分を見送り…
藪こぎや熊除けのスズ頼りなし (網走のモヨロ遺跡から出た セイウチの牙製の熊 長さ3センチ) 「熊はモヨロ人たち北方民族の山の神様であった」(「モヨロ貝塚」米村喜男衛) 熊は本州では最大の野獣なので、畏れかつ崇められていた。そして毛皮も胆も肉も…
ため息や熊に出遭わず五湖めぐり (釧路動物園の大きなヒグマ) 北海道網走で、ヒグマ2頭が現れ、農道を横切り麦畑を猛然と突っ切っていった映像がテレビ報道された。撮影したのはたまたま農道を走ってきた農家の夫婦で、そのヒグマは軽自動車より大きく見…