俳句あれこれ

囲碁AIと子規

碁にまけて厠に行けば月夜哉 子規(明治31年) (今日現在対局が行われている、第46期名人戦。ライブネット配信である) 将棋の藤井聡太さんが叡王タイトルを獲り、10代での3冠は史上初というニュースが駆け巡っている。囲碁では井山裕太さんが全7冠は失った…

ユリと子規

鬼百合やうつむいたまま裾まくり 風で折れちゃったけど、活ける? お隣さんが、カサブランカを一茎持ってきてくれた。大きなツボミが2つついている。二三日後、二つとも大きな花を開いてくれた。夜は家中を香りでいっぱいにしてくれる。 我が家の庭のカサブ…

鮎を食べて俳句あれこれ

若鮎や清流に命ぬめりたる 6月1日に鮎をいただいた。この日は、静岡県の興津川の鮎解禁日で、全国トップである。だから日本で一番早く食べたことになる。私は釣りはしないので、もらって食べるだけである。さっそく塩で洗いぬめりをとって、塩焼きにして食…

ホタルブクロと池田澄子さんの句

ホタルブクロや蜂の出入りこそばゆく 雨上がりの庭を見たら、ホタルブクロが一斉に咲いているのに気が付いた。そういえば二三日、庭を見ていなかった。ホタルブクロは椿の木の下で、茎を少し横に寝せて、白い袋を沢山吊り下げている。その白さに、思わず夏の…

池田澄子のピーマン

ピーマン切って中を明るくしてあげた 池田澄子 (1988年52歳『空の庭』) (ピーマン?パプリカだけれど両者の違いは知らない) 彼女は、自作解説で「完全痴呆的な句」、知性も知識も主張も見栄も無い句だといっている。即ち、切ると暗かった中が明るくなる…

落ちアユ?錆びアユ?

鮎人や瀬なぞりソーシャルディスタンス アユ釣りをしている太公望たちを見ると、同間隔をとって見事に規則正しく並んでいる。自然にそうなるのだろうが、これは全くソーシャルディスタンスを律儀にとっている風景に見える。長閑である。そこで駄句とあいなる…

紅葉の朝霧高原を歩く

草紅葉富士を背負ってウォーキング 秋の一日、友人と2人で富士山の西麓に広がる朝霧高原を歩いた。麓という部落から田貫湖までの約7.5キロ、実歩行時間3時間。このルートは東海自然歩道にもなっていて、牧場の横の林を抜け、平和そうな長閑な集落をとおり、…

カキを干す、醂(さわ)す

干す醂(さわ)す渋柿相手にひと日暮れ この時季はカキが美味い。 句に書いたとおり、渋柿を買ってきて一部は干し柿にした。といっても今年は20個くらいだから、季節を感じるためにカキを吊るしているという程度の量である。カキは秋の日を浴びて萎み、徐々…

子規忌また来て

この愚にも静かに偲ぶ子規忌あり (最近の鶏頭は優しい、優しすぎるくらい) 子規の命日は9月19日。明治35年、その年の柿を食うことなく壮絶な生涯を閉じた。この時季多くの人が子規を偲んでいるに違いない。子規を思いだすことは、きっと誰にとっても心に力…

名句に教わる8 春の水 (虚子、誓子)

春の川は、堰をきって流れキラキラして、まるで水の角が取れたような躍動感がある。みているだけで命の喜びを感じ、ついつい時間を忘れてしまう。 さて、たまにはプロの俳句を。 橋に立てば春水我に向かって来(昭和13年:虚子64歳) 春の水の勢い、雪解け水…

初山河・初詣

仮設屋や淑気小さきドア飾り 災害の多かった2019年。まだ仮設で大勢の方が生活されている。今年はオリンピックだが、まずは災害が少ないことを祈らずにはいられない。 大晦日の深酒が覚めてきた元日の午後、近くの浅間神社に初詣。しかし閑散とした境内には…

「時雨」連想―2

塾に行く足渋らせる時雨かな 「さんさ時雨」は誰もが知る東北の民謡。伊達政宗の作という風説もあるが、事実はそんなに古くはなく江戸の中期以後、京都以西で唄われた恋の流行唄が伊達領一帯に移入されたものという。*3 とすると、「しぐれ」が好きな芭蕉…

秋の田の季語「ひつじ」?

園児らの一本道やひつじの田 「ひつじ」という言葉を最近、俳句歳時記から教わった。意外にも、秋に田んぼの切り株から生え出た稲のことだという。 静岡は暖かい気候のせいか、秋なのにまるで田植えをした後のように稲が青々としている。そして稲穂も見える…

青いバラ (名句に教わる7:池田澄子氏) 

青い薔薇あげましょう絶望はご自由に 池田澄子(1988年『空の庭』) (写真:wikipediaから) 青いバラは、今日こそ市販されているがもともと自然界には存在しなかった。 2004年にサントリーが遺伝子操作で開発したものだというし、おそらく作者が吟じたころ…

子規の命日 獺祭忌

老化など屁の河童なり獺祭忌 (子規が写生した草花)草花を画く日課や秋に入る 子規 9月19日は、子規の命日だった。亡くなって117年になる。 子規は獺祭書屋主人というペンネームを使ったことがある。俳句で、子規の命日が獺祭忌ともいわれる所以である。 …

蕪村最期に白梅さいて

寒梅やバカボンパパの鼻毛伸び 白梅や塗り残したる空の色 梅が咲き始めて、ほのかな香りが漂ってくる。 一月の冷気の中で、たまゆら陽射しがつよく射す折があるが、そんなときは梅の花が最も美しく見える。じっと見ていると白梅は、まばらな花の背後に透ける…

初空に鳩がとぶ

初空にピカソの鳩を放ちけり 三が日、晴天が続いた。 ハトが群れを成して青空を飛んでいる。二手に分かれたかと思うと、急旋回して一羽もぶつからずに見事に再度合流する。 ハトを見上げながらぼんやりピカソの絵などを思い起こしている。 そのうちにバタバ…

名句に教わる-7(年を以て巨人としたり歩み去る)

大勢を殺してケロッと年往きぬ 年も押し詰まったので、今日は虚子の次の句を眺めてみた。 年を以て巨人としたり歩み去る(大正2年:虚子39歳) 時間が人、しかも巨人だという。大胆な擬人化である。 おそらく一年を振り返り、俳諧世界のことから政治経済、家…

名句に教わる-6(カマキリも枯れる)

蟷螂の落葉とともに掃かれたり (これはバッタですが・・・もう動きません) ブドウの棚を下ろしていたら、今年もカマキリの卵が2つ見つかった。捨てるのもかわいそうなので、いつも枝ごと別の樹に引っ掛けておく。 (ついでながら、卵というのも違和感があ…

名句に教わる-5(冬の川)

川涸れて烏隠るる蔭もなし 冬の川は俳句になりやすいのだろうか、古来いい句があるので思いつくまま2つ3つ。 易水にねぶか流るゝ寒さかな (蕪村) ・易水は「史記」でも有名な始皇帝を暗殺しようと出発する壮士の物語の舞台。蕪村は漢詩文の世界を市井の…

一茶と子規の草紅葉の句

片脚をあげる子犬に草紅葉 (みぞそば) 野原を散歩していると、草の紅葉が本当にきれいだ。 紅葉の名所の、目に鮮やかな赤や黄色も捨てがたいが、ささやかな微妙な色合いの千種が足下に広がっているのを慈しむのもまたうれしいものだ。 一茶のデータを検索…

曼珠沙華は古典には出てこない?

曼珠沙華茎をみどりに揃え持つ (最近は黄色や白もよく見かける) この花は古くから日本に生えていたはずで、よく目立ち、彼岸花、死人花、キツネノカミソリなどといろいろな呼び方をされるが、どういう訳か日本の古典にはあまり登場しない。 万葉集にはイチ…

秋 来ぬと(パロディ)

秋きぬと目にはさやかに空の瑠璃 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる (藤原敏行) よく知られた古今和歌集の歌。風の音に秋の到来を気づいた繊細な感受性が、平明に歌われている。日本人の季節の感受性を、言葉に定着させたような歌…

暑さに負けている

世界中ミサイル飛びかう猛暑かな おもちゃレベル+だが、一応はミスト 暑い。最近のあいさつは「生きてるか!」。 ミスト散水を庭にやってみた。面白いし効果も少しは? 特に京都や岐阜は40度を超え、命の危険をニュースが叫んでいる。 京都が暑いのは徒然草…

冷や奴と一茶のことなど

冷奴正六面体に鎮座せり 冷や酒と冷や奴は、私の定番。 俳句では両者とも夏の季語なのだが、私の場合はほとんどビールを飲まずに年中これだから、無季。 今日もチビチビやりながら、トランプだ金だ、新幹線殺人だ、真昼の駐車場略奪殺人だ、ああ大変な世の中…

ホトトギスはカッコウ?

ほととぎすオキヨオキヨッと日曜日 ホトトギス カッコウ (「bird song」 :主婦の友社 水谷高英氏のイラストをお借りしました) ホトトギスは、何時のころまでかカッコウであったかもしれない。 万葉集に坂上郎女の歌がある。 暇無み来ざりし君に霍公鳥われ…

ホトトギスを子規は知らない?

ほととぎす鳴くや漁港は昼休み (静岡市用宗漁港にて) 3日ほど前に、ホトトギスの鳴き声を聞いた。今年は早いような気がする。 ホトトギスの句といえば、杉田久女に清潔かつ雄渾な句がある。 谺して山ほととぎすほしいまま こういう句のまえでは、なまじい…

子規の痛さを思えば

鎮痛剤きれたベッドや明け早し このところ10日ほど、痛みに責められ難儀している。 連休前に急に首肩に激痛が走り、診察してもらうと頚椎症で神経根が圧迫されているのだとのこと。痛み止めを処方されたが、うまく効いてこない。寝ても起きても、首をどう傾…

牡丹の句と蕪村

桃色の牡丹なりしが衣脱ぐ 少し早いが、もう牡丹が咲いていると聞いて古刹を訪れると、雨上がりに花は頭を垂れ昨日の雨を滴らせていた。一部はもう花びらを落とし始めていた。 蕪村には牡丹の句が多い。 牡丹散て打かさなりぬ二三片 この句は、特に際立った…

名句に教わる-3 虚子(鎌倉を驚かしたる余寒あり)

寒戻るだからいわんこっちゃない 高浜虚子に次の句がある。 鎌倉を驚かしたる余寒あり(大正3年:虚子40歳) 当時虚子は実際に鎌倉に住んでいた。 だから実際にびっくりするような余寒が鎌倉を見舞ったのかもしれない。とすると一見、この句は事実そのままを…