名句に教わる-7(年を以て巨人としたり歩み去る)

大勢を殺してケロッと年往きぬ

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年も押し詰まったので、今日は虚子の次の句を眺めてみた。

年を以て巨人としたり歩み去る大正2年:虚子39歳)
 
時間が人、しかも巨人だという。大胆な擬人化である。
おそらく一年を振り返り、俳諧世界のことから政治経済、家族諸事全てのものを抱え込んで、それらを総括してこの年に生起した一切合財を想起すると、この一年が巨人とも思えてくるというのだろう。
句は、ヌボーっとして大柄であり、なにか傲岸不遜なものが潜んでいる感じがする。
 
虚子の句には、こうした自然や時空間をわが身に仮託したような、激しい比喩の句がある。
怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜 (明治29年)
天の川のもとに天智天皇と虚子と (大正6年)
我の星燃えてをるなり星月夜 (昭和6年)
橋に立てば春水我に向って来  (昭和13年
 
花鳥諷詠の句の一方で、こうした句も作る。これは技法として真似できるものではなさそうだ。不気味な人だ。
 
虚子の事情に沿って考えれば、
大正2年2月に、彼は俳句に復帰を宣言し、ホトトギスに俳句雑詠を復活し碧梧桐のリードする新傾向俳句に対し守旧派を宣言した年であった。俳壇の切迫した内部事情はわからないが、俳壇にとって極めて大きな流れを画期する歳であったようだ。
とすると、自負心の強い虚子のことであるから、巨人とは自分のことであり、この年、自分が俳壇の巨人になったことを、内心に含ませているのかもしれない。
 
ちなみに、小椋佳の「シクラメンの香り」では、時は「疲れを知らない子ども」だった。此処にはデーモニッシュなものはない。