クマガイソウをみにいく

閑けさやクマガイソウに風もなし

クマガイソウが咲いている、という新聞記事を読んで友人と見に出かけた。図鑑でみるクマガイソウの派手な姿を実際に見るとこができると思うと、向かう車中からワクワクした気分になる。

件の場所は、静岡県掛川市倉真で人里からさほどではない山中だった。現場は林道のすぐわきのやや荒れた竹林の中で、適度に日も当たりそうだ。手作り感のある保護ロープが張られていて、保護会の人が2人、手入れの作業をされている。その足下に待望の花が、2,30ほど、まさに盛りと咲いていた。その様は、言葉より写真のほうが分かるだろう。

花株は林内に点在していて、100mほど離れた場所にも保護地が設定されていた。そこにはエビネ10株ほど見ることができ、ちらちらと花びらを木漏れ日に光らせていた。

それにしても何とも奇妙な姿だ。なぜこんな形に進化したのだろう。

この脹らんだ「母衣」ほろ、と言われる部分は花弁が変化したもので学術的には「唇弁」といいラン科ではよく見られるものらしい。「母衣」とは武士が戦の時に背後からの攻撃を防ぐために、布を膨らませたものをつけた武具だという。

参考に一の谷源平合戦図をさがして見ると、熊谷次郎直実と平敦盛の有名な場面があり、この図を見れば母衣というものが一目瞭然だ。ちなみに類似種のアツモリソウは似た形をしているが、寒い地方に分布しクマガイソウより紅色が強く優しい感じがする。クマガイソウとアツモリソウという名前は、なるほどね、良くもつけたものである。

(右が熊谷直実、母衣を大きくなびかせている、というか、丸い形の張りぼてになっているようだ。海中の馬上には呼び止められた平敦盛

保護会の人は、いろいろ説明してくれた。乱獲されてしまうことを恐れて、これまで口外はしなかったのだが倉真地域を知ってもらうために、敢えてマスコミに提供したこと。花はもっと山深い場所にも咲いていること、花にはマルハナバチが入ることなど。そして「〇〇菌をまいたので来年の成果がたのしみだ」などと語ってくれる。(〇〇菌の名前を忘れてしまった。)



ヨーロッパではこの母衣をビーナスの靴というと「日本植物記」(注1)では紹介している。また信州にはアツモリソウが分布しており、「草木おぼえ書」(注2)には、「延命小袋ってのは大黒さんの持ってる袋で、あの中にゃ薬が一杯はいってるそうだ」。・・・延命小袋というのは四賀でもそうだが、アツモリソウのことである。これならばなるほど袋にちがいない。」と書かれている。

靴でも袋でも、いずれも童話的な可愛いイメージだが、どうも私には赤いサルの尻や顔が浮かんできてしかたない。花は逆さになった性器である、という言葉も頭をかすめる。

 

注1 「日本植物記」 本田正次 東書選書68

注2 「草木おぼえ書」宇都宮貞子 読売新聞社