歳時記で障子を貼る

武士(もののふ)の白を召したる障子かな
 
イメージ 1
(さて、今日はなんとかこの4枚を 残りあと丸1日は掛かりそう)

正月を前に、障子の貼り替えを始めた。
せまい庭に障子戸を並べて紙をはぎ桟を洗い、乾いたところで取り込んで紙を貼る。
 
毎年やる気でいるのだが、最近は億劫になり3年に一度くらいになってきた。それでも近頃の障子紙は、色あせしないし破れないのであえて毎年貼りかえる必要を感じなくなっている。紙も昔と違って、アイロン粘着や両面テープで桟に貼り付けるプラスチック系の紙などもあり、随分と変化してきている。
 
私は不器用な上に膝肩が痛むし、広いスペースがないので作業はなかなか困難。
でも、この努力が生活の節目をつくり、時のうつろいをより深く味わうよすがとなるよう・・・まあ生活を楽しむある種「贅沢」だと思って、骨身を惜しまないようにしている。
 
今にしたらこういう贅沢を、昔の人は季節の決め事としてやっていたことが、俳句の歳時記を読むとよく判る。昔の人には時間と余裕があったのか、季節にあわせて丁寧に生活していた姿がよく見えてくる。
 
歳時記で「障子」をみると、障子は冬の季語となっている。真っ白にパンと張りつめた障子にぱっと寒の陽が当たり庭木の影がおちてくる。人はこの白さは冬に似合わしいと感じたのだろう。また現実に障子は防寒用でもあった。
しかし「障子貼る」というと、これは秋の季語となる。寒さの前の秋の日に、古く褪せて破れたりした障子紙を新たにしたのだろう。私も子どものころ雪を迎える手を悴ませて障子貼りをした記憶がある。
こうした季節感は、実に微妙な感性である。
 
しかし歳時記にある季語は、まるで農事暦のようだし、昭和の初め頃の下町の感性が底流と感じられる。私にもつかえない知らない言葉が多すぎる。
季語がないと俳句は命を失うと思うのだが、現実との隔たりは日々大きくなるばかりだ。
 
私の障子貼りも、俳句歳時記的にはもっと早く行うべきものなのかもしれない。とこうするうちに、次のような句が、口をついて出てくる。
 
障子貼る季語を実感せんとして
イメージ 2
(なんとか一部屋終了 清清しい)