レンコンを掘る

誰乗るやら地下鉄蓮根線を掘り出さむ

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正月を前に、レンコン掘りがあちこちで見られる。この近くのレンコンは味がよいので大変な人気があり店頭に並んでもすぐに売れきれる。
 
それにしても、通りがかりに見るだけだが、あまり作業が進んでいるようには思えない。手で蓮田をほり、屈んで引き抜いているが、折れないよう気を配りながらの作業なのだろう。
深いところでは、胸のあたりまで埋まって掘っている。昔ながらの大変な肉体労働だ。
 
ひと昔前はどうだったのだろう。
この地域の郷土誌「麻機誌」を開いてみると、こう書かれている。
 
蓮根栽培には、機械の導入は不可能であり、あくまで人力に依存している。採掘道具も、スジ切り・万能鍬(すき)および手万能等は蓮根栽培史上、なんら発展せず現在もなお使用しているのである。
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(レンコン掘りの道具)
この本は昭和50年頃の記述だから、そのままとは思わないが、掘っている写真に見える道具も手グワに似ている。
こうした労働面でのつらさも理由して、作付け面積は急減したとも記されている。*1
 
古典には蓮の花の歌句は多いが、食べものとしてのレンコンの記述はあまりなさそうだ。大賀ハスでも知れるように、ハスは2000年来のものなので、当然昔から食用であったと
思えるが、記述が少ないということは、決して美味いものではなかったということだろうか。
 
ハスは、エジプト原産のものとインド原産のものがあり、日本にはインド系のものが中国経由で紀元前300年頃に渡来したといわれている。現在のような食味のよいレンコンは明治に入ってから導入されさらに改良が加えられてものであるようだ。*2
 
「麻機誌」には、昭和10~15年頃、あくが強く味も劣る「長蓮根」から「ダルマ蓮根」に品種が切り替えられたと記されている。
 
深い穴を掘って、レンコンを採掘する風景を見ていて、いろいろ思った次第。
 
*1 「麻機誌」 麻機誌を作る編集委員会編 昭和54年発行
*2 「日本の野菜」 大久保増太郎 中公新書