アリ地獄翅(はね)得てどこかへ翔び去りぬ
ガレージ(実際は物置)の壁についていたのは、多分ウスバカゲロウだと思う。足下には毎年いくつかアリジゴクの穴ができる。あてもなく翔び立っていって、うまく交尾の相手を探して子孫を残せるのだろうか。
まあ、心配することもない。われわれが知らない戦略を持っているはずだから。
一月ほど前、烈暑の中を博物館に(涼みに)行った折りのこと、
廊下の端の部屋に、地元の生物についてのささやかな展示があった。あまり図鑑にない外来植物などの名前がわかって、参考になった。キリギリスが3匹、飼育箱の中でさかんに鳴いていた。部屋には標本を整理している館のおじさんが、手を休めて
キリギリスは昼間鳴いて、夕方や夜は鳴かないんですよ と教えてくれる。
私は日ごろ気になっていたので、
アリ地獄はどういうふうに羽化するんですか? と聞いた。
おじさんはちょっと首をかしげた風情だったがすぐに、返事をした。
やはり何か枝などに上って羽化するんでしょう。
そうですか。でも、あの恰好でどうやって上るんですかね。後ずさりして上るんですかね?
おじさんは念を押すように
私は何か写真でみた記憶がある。 とおっしゃる。そして、
昔はお寺や縁の下によく見かけたものでしたね。
どうも釈然としないで家に戻り、ネットで調べると、土のなかで繭を作って、その中で羽化するというのが、正解なようだ。
ゲンゴロウなどと同じだ。おじさんは何か勘違いしたのだろう。
館の名誉のために断っておくが、おそらく彼は館の学芸員さんではなく、資料整理のボランティアさんなのだろう。年齢や着ている服の感じが違っていたから。
ともあれ、ガレージのアリジゴクが羽化という難事業をクリアして、無事とびたつことができただけで、私はなにか嬉しく
「がんばったね、さあもうひと頑張りだ」と、呟きそうになる。