石橋や城砦や石像をみると、つくづく九州は石の文化だなと思う。
彫ったり削ったり積み上げたりと様々に加工されるが、自然岩石のもつ堅牢さ、ある程度以上には変えようもないその風合いの頑迷さというか、原初性とでもいうものが見る人の心を捉える。それが作品や造営物がむしろ稚拙なときに前面にぐっと現れ、いわば素材の面白さのほうが勝ってくる。逆に素材を克服し自在に使いこなすときは人の技量が酔わせる。素材と意匠・技術が相克する面白さがそこにある。
磨崖仏もその一つ。
熊野磨崖仏は、山中にある胎蔵寺から杉林の急坂を300mほど登ると鬼が一夜にして築いたとわれる乱積みされた石の階段になり、そこを息を切らせて頑張ると左手にぱっと現れる。8mの不動明王と6mの大日如来像で、日本有数の大きさ。いずれも下半分は手が入れてなく、未完成なのか、これでもういいとしたのか。岩から削りだされたままの姿で、とくに不動明王は素朴で柔和な顔立ちで愛らしい。平安後期の作。修験道の霊場の雰囲気が漂う。
臼杵の石仏は国宝である。ここでは案内ボランティアの松島会長さんに説明していただいた。大きく四つの石仏群に分かれていて約60体、いずれも迫力満点。有名な古園石仏は、従前は頭部が落ちて前に置いてあったものが、復元されている。熊野の磨崖仏に比べて、こちらは石像が岩からしっかり彫り出されて、磨崖という言葉は相応しくないほど立体的だ。端正で品のある像も多く技術的にも高いので、京都から仏師を招いて彫ったものと考えられている。土地の豪族が発願して彫刻したものといわれるが、誰がどのような目的で造営したのかはっきりとは判っていない。平安後期から鎌倉時代の作である。
臼杵の石仏群は、ボランティア案内があり、また周りの土地も行政が買い上げて安っぽい開発を制限しているなど、地元の保存意識の高さが印象的だった。
初蝉や仏岩壁を出て千年
おなじみの臼杵:古園石仏(私の教科書では首が落ちていた)