カマキリ枯れる

生と死の際に蟷螂枯れており

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カマキリが晩秋に衰えて、色が茶色に変わってくるのを、「蟷螂が枯れる」と俳句では表している。実際には緑色のものが茶色にはならないようだ。

けれど寒い日にもカマキリが威厳?を失わず、ただじっとしているのを見ると、やはりある種のオーラを感じてしまう。生きることとは?などという哲学的な問いが湧いてくる。

 

この狭い庭に、何匹かカマキリが棲んでいて、毎年卵(正確には卵嚢)が二つ三つ産みつけられる。先日、窓の外の廂の所に一匹見えたので、産卵場所を探して高いところに来たのだろうと思える。見つめる私を、じっと見返しているようで、臆する気配がない。

カマキリは木や建物の高いところに卵のうをつけるが、大雪の冬ほど高いところに産みつける、という言い伝えがある。私は雪国育ちなので、そういう言い伝えは耳にはしていたが、信じてもいなかった。現に雪に埋もれた葦の茎に卵のうを見たこともあったからである。

 

だが、暇に任せて「虫たちの生き残り戦略」(安富和男著 中公新書)をめくっていたら、新潟県長岡市の酒井さんと湯沢さんが「この言い伝えには十分の真憑性があることを長年の調査で実証した」と紹介されていた。例として「大カマキリの卵のうの高さが110センチメートルのとき最大積雪深は100センチメートル」、80センチのときは積雪が60センチ、60センチのときは積雪は30センチ、40センチのときは積雪が20センチで、「明らかな相関がみとめられ、卵のうは雪に埋没していない。・・・「カマキリの卵のうが高いと大雪、低いと小雪」はやはり本当だと思われる。」

豪雪地帯の大カマキリを雪の少ない地域に移す実験をしたところ、雪国ほどの高さには産みつけなかった。とも書いている。

やはり野生には人間には知れない超能力があるのだろうか?

 

この駿河の国では、めったに雪が降らない。庭のカマキリたちもきっと、別の要因で産卵の高さを決めているに違いない。私の見た目ではおおむね150センチメートル以上である。

雪国から暖地に出てきた私も、カマキリ同様、もうとっくに雪への警戒心をなくしてしまった。

 

春になると、卵のうから、もろもろとカマキリの子供が湧き出してくる。そんなに入っていたのかと思うほどたくさんである。そしてさっそくファイティングポーズをとる。しかしこれが地上に落ち始めると、もうカナヘビが口を開けて待っているのだ。