三保の松原の初富士

初富士やハグされている三保の浜

(三保の浜からの初富士)

「何となく今年はよい事あるごとし元日の朝晴れて風なし」

啄木の歌のごとく、さわやかな元旦となった。寒いけれど雨戸をあけてカーテンも明ける。幾分は新鮮な気持ちになる。

さて、午後から清水の三保半島にある御穂神社に初詣。適度な混みようで、駐車場にもすぐ入れたし、参拝の列も10分待ち程度。少ないお賽銭で、大きなお願いをする。

以前書いたことがあるが、この社の神は、海から現れる。神は太平洋から駿河湾に滑り込んできて、この浜に至る。神が上陸する浜は、いわゆる白砂清松の光景が広がり、伝説の羽衣の松が枝を伸ばしている。

黒松の巨木がならぶ林を抜けて浜に向かうと、青い海が目の前に広がり、砂浜が美しい。大勢の初詣客が浜にくり出して初山河を楽しんでいる。砂を踏みしめて渚に近づけば、北の空に大きく初富士。いかにも清々しい。この光景とそれを愛ずる文化は世界遺産だ。

(対岸は伊豆半島、土肥のあたりか)

海から来る神とは、誰なのだろう。それは「渡来人」だという説もある。12月に群馬・埼玉で古代の高麗人・新羅人の影を見てきたが、静岡でも渡来人の影が見えるという。

三保半島は「古代の神々の来臨伝説に色濃く包まれている」。とするのは登呂博物館学芸員(当時)の大村和男さん。三保の「ホ」は灯台としての火(ホ)であるし、御穂神社の祭神の出雲からの降臨伝説などを上げ、これらは「実際の海人集団の海上移住を示す」ものであり、この地の「製塩集団の担い手が、帰化人の移住に連なる」のではないかとしている。

そして製塩は地域経済の基盤をなしており、帰化系の海人集団が、帰化系の豪族の元に掌握されて、大量生産をめざして」おり、「彼らは黒潮にそって、出雲や筑紫から駿河湾の湾奥にはいりこんできた」と言えるとしている。(*1)

神奈川県の大磯に高来神社があることをブログにも書いたが、「高来」は「高麗」でありこの地に渡来人が渡りついた記録でもあった。清水の三保もまた、そうした記憶を風景の中に隠しているのかもしれない。



松原を抜けて神社に向かう道は、松並木が500メートルほど続き、神の道と言われる。神が海から社に向かう道であり、人の参道ではない。だが、今は木床の道となっており、神社に向かう参拝客であふれかえる。この道を歩むのも新年らしい淑気を感じられて心地よい。

 

参考

*1 「砂地の製塩」大村和男 『静岡県 海の民俗誌』静岡県民俗芸能研究会著 静岡新聞社刊