秋篠寺の天女にあう(シリーズ風景の中へ8)

あまり綺麗とはいえない秋篠川をたどり競輪場の裏に出ると、いきなり時計が逆転するような風景になる。黄色い壁の東門をくぐると静寂が漂い、小鳥の声だけが賑やかな林は一面の苔が鮮やかな緑のシーツだ。何百年も時代を遡った異空間。
本堂は国宝である。穏やかに手を広げた瓦屋根の勾配、白い壁と精緻な柱、格子戸のバランスは見ているだけで心が軽やかになるのを感じる。鎌倉時代の大修理を経ているが奈良時代の単純素朴な美しさがあると評されているようだ。確かに新薬師寺の結構と相通ずるものがある。

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本堂内は質素な土間で、須弥壇には鎌倉時代薬師如来を本尊にし平安時代の日光月光菩薩鎌倉時代十二神将などが並び、左端に伎芸天像が控えている。
この伎芸天女はインドのシバ神の髪の生え際から生まれ、容姿端麗、技芸にぬきんでていて、農作、幸福裕福、学問芸術の祈願を成就させると信じられていた。
頭部のみ天平時代の乾漆造で、災禍のため失われた胴体部を鎌倉時代に寄木造で補ったものらしいが、そうしたことは全く感じさせず、ちょっと考えるように少し首を傾けた静かな表情、ゆったりした豊満な肢体は、多くの人を魅惑してきた不思議な美しさにつつまれている。
凡夫でも手を伸ばせば届きそうな、等身大の尊厳と美しさ。ともいうべきものか。ついつい私も魅了されて三十一文字を並べてしまう。

秋篠の白き御堂におわします技芸天女は妖しき神ぞ
前の世に相まみえたる心地して技芸天女としばし語らう
近く来たれと今し御言の零れたる唇微かにひらき濡れたり
病むものは我に依れよと言う声のその唇の薄く開きて
幾百年も凡夫の願い身に受けてなおその指の軽く虚空に

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