雲白く遊子悲しむ(シリ-ズ風景の中へ27)

千曲川をテーマに水彩画を描こうと思って、上流から下流まで折に触れて歩いてみることとした。今回は川上村から小諸の付近まで川に沿いつつ車を走らせた。


確か小諸の懐古園から千曲川を望めたはずだと思い、城跡の展望に行って見渡すと、河岸段丘の崖の下を這うように千曲川が流れ、大きな西浦ダムが緑色の水を湛えているのが見えた。紅葉にはまだ早く、絵柄としては物足りない。周知のように懐古園島崎藤村千曲川旅情の歌」で売っているが、これはもう100年も昔の作。いまだ根強い人気だが、若者は知らないのではないか。

私は156の時分に「若菜集」に夢中になった。(歳が知れてしまう)
「わが胸の底のここには 言いがたき秘密(ひめごと)住めり」という詩もあった。

「わが胸」ではなく、「わが胸の底」でもなく、「わが胸の底のここ」なのであり、底のここ、といわれたときに私は自分の胸の奥底のそこが、怪我をしたようにジーンと痛んで苦しくなったことを、覚えている。
「君ゆゑにわれは休まず  君ゆゑにわれは仆れず」

こんな言葉がぴったりと自分の心に寄り添い、これを生きる励みと考えたりもした。藤村の軟らかい叙情は私をとりこにしたが、程なく熱病は萩原朔太郎へと移ってしまった。しかし心を振るわせる詩の魅力は、若菜集に教えてもらったのだった。
 
懐古園と反対側の段丘の上に宿をとり、浅間山の暮れるのを飲みながら眺めた。秋の夕焼けが西の空を染めていたが、それは棚引く浅間の煙を焼くにいたらず力なく消えていった。浅間山の隣に見えるのは黒斑山で、かつて登ったことがある。高山植物が豊富な山で、そこから草すべりを眺めた記憶が蘇ってくる。やがて「暮れゆけば浅間も見えず」、小諸の町の明かりが星のようにきらめいてみえた。
 
翌早朝、人気のない西浦ダムや戻り橋付近を車を走らせる。このあたりは河岸段丘が発達していて、谷が深く崖が多い。昔は交通や水利用で難儀したことが想像される。布引大橋からみる浅間山を背景にした川の景観がこのましく、このアングルで一応満足することとした。いずれこの風景が水彩画になるはず?である。


秋夕焼け浅間の烟を染め残し
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右奥の山が浅間山、煙が見える。
中央の茂みの中を千曲川山麓を穿って流れている。