皺の口すぼめて爺婆サクランボ
太宰治に「桜桃」という短編がある。多分高校の頃読んだが全く内容を覚えていない。ふと思い出して、サクランボをつまみつつ青空文庫で読んでみた。これを小説というのかどうかわからないが、太宰文学そのものだなと思い、そしてやっぱり自分も何十パーセントかは太宰だと思う。痛い襞にふれてくるのだ。この辺がやはり物書きのすごいところだ。
太宰の命日は「桜桃忌」で俳句の季語に定着している。私は使ったことはない。
肝心のサクランボはこう書かれている。
夫婦間の気まずさに耐えかねて、死を考えながら行きつけの飲み屋へ行くと、
「桜桃が出た。
私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾りのように見えるだろう。」
そして私は、極めてまずそうに種を吐いては食べる。
・・・・・・
私も、サクランボなどほとんど食べることがなかったから昔は無性に食べたいと思っていた。しかしある時以来、そうした欲がすっぱりなくなった。
もう5,60年前のことである。
大学受験をおちてすぐ4月からアルバイトをした。当時田舎に有線放送というメディアが普及し始め、私の住んでいた奥信濃でも市一円の放送網をめぐらす作業が始まり、わたしはその電柱を立てる測量の棒持ちをした。この仕事はいろんな経験をし面白かった。田畑、藪の中をまっすぐに線を張るので、棒を持った私は、命令一つで薮を漕ぎ、川を渡り民家の裏をすり抜け、まだ雪の残る里を走り回った。お陰でそれまで考えてもみなかった山奥に集落が沢山あることを知り見慣れた風景の見え方が変わってしまった。水芭蕉や山菜もたくさん知った。そしてある日、山奥の村で大木にサクランボがたくさん実っている家にくると「好きなだけ食ってけや」といわれた。仕事は休憩となった。私は「下痢をするまで食おう」と心に決め、木に上って夢中になって食べた。どのくらいの時間食べただろうか、10分とか20分だろうと思う。下痢はしなかったが、腹いっぱい食った。そして思い残すことがないほど心も満たされた。
これ以来、サクランボにさほどの欲はわかなくなった。つまらない話である。
さて太宰の「桜桃」だが、巻頭に旧約聖書の次のフレーズが書かれている。
「われ、山にむかいて、目を挙ぐ。――詩篇、第百二十一。」
何だろうと思い、聖書を開くと、
1 私は山に向かって目を上げる。
私の助けは、どこから来るのだろうか。
2 私の助けは、天地を造られた主から来る。
3 主はあなたの足をよろけさせず、
あなたを守る方は、まどろむことはない。 と8まで続いている。
一神教だから創造主は唯一の至高の神なのだろうが、この詩句からは神道的な汎神の匂いがする。私も、そして天地も山も主が造られた兄弟なのだ。人間も自然も別ものではない。と、山を見上げて、こんな受け止め方をして癒される齢まで太宰が生きていたら・・・ふとそんなことを想う。
太宰の助けは主からも来なかった。