信楽のタヌキ(シリーズ風景の中へ4)

信楽の里を訪れた。
奈良時代聖武天皇がこの山間の地に大仏を建立し始めたのは743年のこと。紫香楽の宮といわれ、この地に大宗教都市を建設する意向だったようだ。しかし相次ぐ火災や地震で中断し、現在の奈良東大寺に計画地を移すことになった。今考えても、狂気じみた計画でよく成就したものだ。
紫香楽の宮跡は、史跡に指定されていて礎石が露呈しているが、どうやらそれは大仏を納める予定だった甲賀寺の遺跡で、宮城跡は近くの宮町であることが判明してきている。
甲賀寺跡を尋ね、緩やかな参道を歩くと、しんとした松林に吸い込まれるようだった。
 
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信楽焼は、県立陶芸の森と信楽伝統産業館によって鑑賞したが、「いまいち」魅力が味わえない印象だった。また街中の窯散策路も道がわからず2度も人家に迷い込んでしまう始末で、トイレもわからなかった。
タヌキだけがアッケラカランとしていた。
 
信楽の里で)
タヌキみんな空見上げてる今朝の冬
 
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