筏流し唄-1

時雨るや山の湯宿に客ひとり
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冬の安倍川上流の流れ
句は最上流の梅が島温泉で

東北地方と違って、ご当地駿河には「民謡」はすくない。もちろんかつて、たくさん有ったのだがメジャーにならず忘れ去られた。そんな中にあって、リメイクされながら細々民謡仲間の間で伝えられている地元の唄があり、そんなものに触れると嬉しいものだ。
「安倍川筏流し唄」もそんな唄で、私は今おさらい中である。歌詞を書きとめておくと

安倍の川霧 かき分けながら 男いかだの流し唄
流れくだれば ヒグラシ鳴いて 雨も降らぬに菅の笠
丈三(じょうさん)いかだに 間太(けんた)をのせて 今日の水かさ気にかかる
霧の柿島 掉さすほどに 桂山(かやま)乗り切り 俵沢

という調子だ。 いかにも後世の作という感じがするし、メロディーも馬子唄に似ているが、こうした唄が少ないので仕方ない。

「筏流しは、水流に応じての危険な仕事であったから、一定のリズムをもった特定の唄は生まれにくい。・・・筏乗りの唄も、結局は川とか筏に関する言葉が出てくる唄、と考えざるを得ない」と、「静岡県の民謡」(静岡新聞社)では書いている。(109p)

唄の教室で話をしていると、年配の二人のおばさんから、「若いころは、筏を良くみたし、町に行くときに乗ったこともある」という声を聞いた。安倍川では戦後しばらくまで筏流しがみられたようだ。それほど昔のことではないのだが、時代が急速に変わってしまい、その名残も探すのが難しい。
さて、筏とは、どんなものなのだろう。
「筏一枚とは、普通5つの部分から成り、先頭をウケ、次をコワキ、以下3,4,5番と呼ぶ。材木の長さは普通13尺(約4m)、これを14,5本横に並べ、カシの木で作った長さ10cmほどのネックイを木口にきめこんで、藤でからめる。さらに太さ5cmほどの木を横に渡して固定する。・・・いかだの手間賃は大したことはないので、ぬれても良い産物を満載して、運賃を稼いだ。
(炭やコウゾなど?)筏乗りは手カギのついた長さ1丈(約3m)ほどのサオをもって筏を操る。橋の下くぐるのが一番恐ろしかったが、広い河原で出遭う雷も実にいやなものだった。筏の荷物を牛妻で降ろし、筏は安西まで乗り下げて、問屋から伝票を受け取る。帰りは牛妻まで安倍鉄道を利用した。」(「安倍川ーその風土と文化」静岡新聞社:52p)

この「安倍川筏流し唄」を、安倍川の川面を見ながら練習するのも、いいものである。