クリスマスローズの正体は

ほくそ笑むクリスマスローズはうつむきて
 
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花は下を向いているものが多かったが、最近は改良が進んで顔を上げてきた。うつむき、などと気弱な表現をしたが、結構したたかにあちこちから芽を出してくる。
 
私は以前からこの花に、信用がおけない感じをぬぐい得なかった。花の信用などというものはありえないのだが、相性だろうから仕方ない。なにか根暗で腹に一物かくしているような印象なのである。爆発的に人気が出たが、しかし騙されないよ、という引いた気分が湧いてくる。
 
この暗い感じは、植松黎著「毒草を食べてみた」(文春新書)を読んで合点した。

植松氏によると、クリスマスローズというおしゃれな名前で呼ばれる前は、「ヘレボルス・ニゲル」が本名であり、それは「黒い、ヘレボルス=これを食べると死ぬ」という意味なのだそうだ。根にヘレブリンという心臓毒の一種、ヒフや粘膜に炎症を起こすプロトアネミニンという毒成分があるのだという。

この根を煎じて飲むと狂気が治ると信じられていたらしく、また、膣座薬として堕胎や性病にも使用したという。さらにこの根を掘りぬくときにも、極めて異様な迷信があり軽々しく扱ってはならなかった。まず採掘人は掘る前に大空を見上げて、鷲がいないことを確かめなければならない。鷲がこの植物を掘っている人を見たら、必ず殺す、と信じられていた。そして作業はすばやく終わらせないと、頭痛が起こるとも信じられていたようだ。
 
してみると、いわゆる「マンドラゴラ」という植物を扱う際の注意と似ていることに気がつく。マンドラゴラは、マンドレイクという植物をさすようだが、ヨーロッパ中世には、この根を媚薬、強い強壮剤として、また麻薬、催眠在として珍重したようだ。
この根の形状は小人の男や女の体の形に似ていて、そのためマンドラゴラにも男、女があるとも言われたらしい。
多分に悪魔の魔力を持つ薬草であり、ジャンヌ・ダルクは、この根を乳房の間に入れていてその魔力に従ったのだと難癖をつけられて火あぶりにされた。

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「マンドラゴラ」

マンドラゴラを引き抜くときには大変な危険が伴うとされていた。軽く触れるだけでも死の危険があるので、生贄の男に引き抜かせたり、犬を使って掘らせたりした。根が土から抜ける瞬間に、恐ろしい叫び声を発し、それを聞いたものはたちどころに死んでしまうので、耳栓が必要である。等々。
(これらの知識は澁澤龍彦の「マンドラゴラについて」や種村季弘の「マンドラゴラの旅」からの受け売りである。詳細はそちら等を参照のこと。)
 
マンドラゴラと「ヘレボルス・ニゲル」(いわゆるクリスマスローズ)が、こうした共通点を持つのはなぜか?おそらく一般大衆に採取を禁止・抑制するための風説であったのだろうが、両者とも経営的にそうする価値のある薬剤になったという意味なのだろう。
植松氏は堕胎剤、狂気の薬、性病の薬として「ヘレボルス・ニゲル」が使われたと書いているが、表に現れない庶民の歴史の中で、文字通り、黒い暗い死と隣り合わせの部分に手を貸していた植物であったといえるのかもしれない。

日本には、植物の根にかかわる、このような陰湿なタブーを、私は余り聞いたことがない。黒百合には不吉な民話があるが、根ではない。しかも上の絵のように、根を人間やそれらしいものにみなす文化もない。(エロい大根はあるが・・・)
植物に対する、根本的な洋の東西の観念の違いが底辺にあるように思えてくる。
 
ともあれ、黒い魔女が「クリスマスローズ」というお洒落な白いベールをかぶって、事情を知らない東洋の人びとの前に出てきた、というわけだ。
私の抱いた不信感も、まんざら外れていたわけではなかったようだ。(・・・けれど、最近私も徐々にこの魔女に慣れてきてしまった・・・)