名句に教わるー1(蕪村:斧入て香におどろくや冬こだち)

            冬の樹や幹ふくらみて豊かなり
 
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冬の木というと、枯れて蕭条としたイメージが定番だが、実はそんなことはないのだ。多分動物と同じで、秋にたっぷりと栄養を溜め込んで、冬は暖かい脂肪に包まれて、じっと冬芽を育て春の準備をしているのだろう。
 
蕪村に、
斧入て香におどろくや冬こだち  という句がある。
 
斧を入れるという刃物の冷たい鋭さ、そして生気のなかった寒気の中に、伐られた樹木の香が一気に拡散して鼻腔をうってくる、その対比が鮮烈な印象をあたえる。
蕪村の句は、五感の中でも視覚の鋭さがきわだつように思うが、この句では嗅覚が鋭い。また彼は、架空のビジョンを母体に多くの句を生んでいるが、この句はそうした虚構を感じさせない。なまなましい実体験のもつリアリティを感じさせる。
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一般に木材の伐採に適した時期は、11月から1月頃の3か月間といわれる。
この時期は木が活動を停止し、水を吸わないので、この時期に伐採することで、含水率を減らすことができる。さらに、その期間でも月のない暗い夜、――つまり、下弦から新月までの約1週間――に伐採すると、割れ、狂いが生じにくく、虫がつかない、カビ・腐食に強くなるなどの特長が認められるのだという。木にも月の満ち欠けにあわせた生理があり、それを生かした手法なのだろう。これを新月伐採というらしい。
この説が、正しいのかどうかは諸説あるようだが、林業界ではこうして材木に付加価値をつけることが実際に行われており、ネットでもたくさん事例を見つけることができる。

また、
広島のロクロ師は初冬、11月の上旬に山で栗の若木を伐り、たて木にとって鉢などに挽く。しゅんの、その初冬のある日を外して伐ると栗の木は、ものにならぬ。挽きあげた器がなぜかはぜる。*1
 
などと書く人もいるし、これに類した話もたくさん聞く。
 
この句にいう樹木は、杉が相応しいのではないか。香りが強いから。もしかした京都の名木、北山杉かもしれない。山にはもう雪があり、樹上からは葉に残った雪が落ちかかってきたかもしれない。
この冬の伐採シーズンの初日のことであろうか。経験豊かな樵であっても、改めて樹木の芳醇な生命力におどろいているのかもしれない。
 
*1 「木(しらき」 日本人のくらし」 秋岡芳夫 玉川選書