浦島草は何を釣るのか

なに釣るや浦島草の糸黒し
 
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浦島草を図鑑では知っていたが、見たことがなかった。
そう簡単には目にすることができないだろうと思っていたのだが、なんと近くの林で数株群生しているのに気が付いた。時折通る場所であり、その葉も何度か目にしていたのだが、まさかこれが浦島草とは思っていなかった。花の時期に見ればすぐにわかるものを。
 
よくもぴったりの名をつけたものだ。
そういわれると、この糸状のものが釣り糸としか見えなくなってくる。学名もurashimaとなっているので、日本に固有な種だろうか。サトイモ科であり、花を覆うのは仏炎苞と呼ばれるカバーで水芭蕉の白い部分と同じものだ。同じ仲間で、ムサシアブミという変わり者がいま我が家に咲いているが、これも奇抜なデザインである。それにしても何のためにこのような糸を垂らすのだろう。
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(ムサシアブミ)
 
ちょっと話は飛ぶが、
浦島太郎の話は「丹後国風土記」にあるものだが、万葉集にもあって、そこでは太郎は大バカ者とされている。
太郎は神の乙女と出会い、常世の国の御殿で死にもせず老いもせず暮らしていたのだが、愚かにも、父母に会いたいといって現世に戻る。しかし里も家もない。たった3年でなぜだろうと太郎は不思議がる。実は常世の国での3年は300年だった。
そこで太郎は、玉手箱を開ければもしかしたら元のように家があるかもしれないと思い・・・、玉手箱を開けてしまう。結末は誰も知る通りだが、万葉の表現はシビアだ。
 
玉くしげ 少し開くに 白雲の 箱より出でて 常世へに 棚引きぬれば
立ち走り 叫び袖振り 反側び(こいまろび) 足ずりしつつ たちまちに
情消失せぬ(こころけうせぬ) 若かりし 膚も皺みぬ 黒かりし 髪も白けぬ
ゆなゆなは 気(いき)さえ絶えて 後ついに 命死にける  (巻第9 1740) *1
 
太郎の肉体変化とその苦しみは、毒薬で暗殺されるがごとくだ。
また、ここでは父母に会いたい心情を愚かなことだとしている。太郎はおろかものである。永遠の命と引き換えにするほどのことなのかと。しかしそれは、現世に生きる者の悲しい業なのかもしれない。

そんな思いで見ると、浦島草の黒い糸は、むなしくも亡き父母を求めているようにも思えてくる。
 
何年か前に丹後の国、いまの京都府丹後半島まで「浦島神社」に参拝に行ったことがある。そこで求めた小さい亀のお守りは今も財布の中にある。浦島草から、ついつい丹後の国の神社を思い出してしまった。
 
枕もと浦島草を活けてけり  子規
 
子規もこうした風変わりなものを好んだような気がする。

*1 「万葉集」 中西進 講談社文庫 をもとにしました