駿河七観音巡り-5 建穂寺(たきょうじ)

実は、現在この寺は現存しない。そして長い間市民から忘れさられていた。

時おり話題に上るのは、静岡市最大の春の祭り浅間神社廿日会祭に、この寺が稚児舞を奉納する折くらいだろう。これは江戸時代より前から連綿と伝えられてきた伝統芸能だということで、寺はなくなっても地元の住民が芸能を保存継承してきた。奇跡的なことだ。

 

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(保存されている仁王像:県下一の大きさ)

建穂寺は、真言宗の古刹で、駿河七観音のうちにも含まれる。」江戸時代の書に奈良時代に開基し、養老7年に行基が中興した、あるいは役行者が草創したなどと記されていて、大変歴史の深い寺院であり、「古代・中世の時代には、建穂地区に建穂寺と呼ばれた駿河国を代表する顕密系の寺院が大伽藍を構えていたことは確かである」*1

また藤原公任の撰んだ「金玉集」には建穂寺のサクラが謳われているなど、平安時代には、木枯らしの森と並んで立派な桜で都にも知られた寺だったようである。*2

 

ところが、この大宗教施設が、明治の廃仏毀釈騒動そして火災によって名実ともに見る影がなくなってしまった。

 

現在、建穂寺と呼ばれている小さなお堂は、火災の折に運び出された仏像などを保管した所で、江戸時代までの建穂寺ではない。本来の建穂寺は21もの僧房が甍を並べていたといわれ一大伽藍だったのであるが、いまその面影は全くない。ただ、まっすぐな道路に参道の面影が偲ばれるだけで、その両側は住宅街。そして旧参道の突き当りに小さい神社があり、今この社が建穂神社と呼ばれている。この場所は、建穂神社の守護神「馬鳴大明神」の社殿があったところで、さらにその奥に一山の幹部の僧房などがあったようである。阿吽の仁王像は保存されていて、木造で県下最大の大きさであり、建穂寺の繁栄の一つの証とおもえる。

 

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秘仏千手観音像(写真は参考*2から引用) 少し新しすぎの感じがする・・・、解説の黒沢氏は、前立て観音と入れ替わったのではないかと疑問を呈している)

 

さて、この寺の「観音堂」跡地があるというので訪ねた。観音堂は多分創建当初から建穂寺の古い核だったのだと思う。前述した旧建穂寺の跡地から、背後の山に登る。細い農道の急坂を高さ100mほど息を切らせて上ると植林の平坦地があって、そこが跡地だった。小さい看板があるだけだが、礎石らしきものも見ることができる。お堂は10間の8間半という記録もあるとのことで、立派な大きさである。そして平坦部の広さは、観音堂以外にも建物があったとしても、おかしくない。

件の廿日会祭の稚児舞は、もともとここで観音堂に奉納されていたものらしい。

便利な平地ではなく、わざわざこの山腹の厳しい場所にお堂をおいたことに、七観音の山岳性が改めて感じられる。この山中で厳しい行をおこなったのだろう。

 

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観音堂跡地からさらに背後の山を登り、標高260mほどの尾根筋を行き山一つ越えた増善寺への道をたどることとした。増善寺も七観音の一つである。この山路もかつて人々の行き交った路であり、私は観音信仰の宗教の道ではなかったかと秘かに思っているルートである。観音堂から増善寺へは約2時間のコースだった。

途中の送電線鉄塔の場所から振り返ると、この道の在りようが手に取るようにわかる。南西の方向、先日訪れた徳願寺から勧昌院坂をおりてきた道は、牧ケ谷部落にでてそこから安倍川を渡る。川の真ん中には名勝木枯らしの森がこんもりしている。そこからまっすぐな道が建穂寺まで続いているのがみえる。建穂寺観音堂と木枯らしの森は何か深いもので繋がれている。これを目の当たりにすると、そう思わざるを得ない風景なのである。

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(参道からまっすぐ(中央の森)木枯らしの森へ:左の山は徳願寺山、鞍部が勧昌院への峠となる、古い東海道ともいわれる。)

前にも記したが、木枯らしの森は、建穂寺とセットで東国の名勝であったのであり、建穂寺にかかわる僧侶たちが都に伝えたものだろう。従って単なる風景ではなく、聖なる神の森であったに違いない。私にはそう思えてならない。

 

さて、

現在の建穂寺観音堂は、本来の建穂寺から500mほど離れたところに、地域の住民により建てられたもので、住民が管理している。堂内には千手観音を始め50体ほどの仏像が収められていて、格子から覗くと所狭しと並んで見えている。千手観音は秘仏だというが、8月が御開帳と伺っているので訪れてみたい。

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(現在の建穂寺 観音堂 :この中に50体ほどの仏像が収められている)

なお、参考*2に記した『幻の建穂寺』は地元の方々が発行したもので、仏像のすべて記載された貴重な写真集で解説も充実している立派なものである。ここでも市井の人々が文化を守り伝えるエネルギーを改めて感じさせられた。

 

(参考)

*1 中村羊一郎編著 「静岡浅間神社の稚児舞と廿日会祭」静岡新聞社

*2 黒沢脩 「建穂寺というお寺」 『幻の建穂寺』建穂寺の歴史と文化を知る会 発行