甲斐駒の巓(いただき)白し男郎花
(成長した男郎花)
先日、山ならいくぶん涼しいだろうと期待していったが、やっぱりひどい暑さだった。しかも今年は虻が多く、さわやかな高原のイメージとは程遠い。
この時季、花は少ない感じだが、それでもオトコエシがたくさん咲き始めていた。まだ十分開いていないものが多い。カンカン照りの草いきれの中から、少し背を高く伸ばして、これから大きく伸びそうだ。
これが成長して草むらから頭一つ高く伸ばし、秋が深まる遠くの碧い山を背景に風に揺れている、そういうキリっとした風情は、捨てがたいものがある。
男郎花は女郎花と、対にして愛でられることが多い。
女郎花すこしはなれて男郎花 星野立子
庭の女郎花は、今年は立派に咲いてくれた。そろそろ粟粒のように黄色い花を落とし始めたが、まだセセリチョウや小さい蠅のような羽虫が集まっている。それを狙ってカマキリも身を潜めている。派手で脳天気なようでいてなかなか繊細な花である。
万葉集には、女郎花の歌が14首ある。*1 その中に次の歌
手に取れば袖さへにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも (巻10 2115)
この花は少し臭い。以前、女郎花を花瓶に生けておいたら、臭くてびっくりしたことがあった。中国名は「敗醤」で(実は男郎花の中国名)、腐った醤油だというのだから。
それなのに、おかしな歌だなあ、と思って中西進氏の「万葉集」を開くと 「手に取ると袖までも色どられてしまう女郎花が、この白露によって散っていくことが惜しまれるよ」と訳されていた。
「にほふ」は色がついてしまうという意味だという。「にほふ」は古語では(際立って)美しく目に映じる、とか、木・草または赤土などの色に染まるという意味があり、これなら納得である。